山姥切国広をいっぱい愛でたい!

「……あんた」  手入れを終えた審神者に恭しい手つきで刀を返されて、ぼそりと山姥切国広は言葉を零した。  審神者が顔を上げても、見返してくる瞳はなく、視線は斜めに落とされて畳の目をなぞっている。前髪に伸びる手は布を掴んでいた頃の癖と同じもの。何やら気まずそうな珍しい姿に、審神者ははてと首を傾げた。 「……その、そんなに手入れ好きか?」  歯切れが悪い。修行から帰ってきてからというもの、はっきりと声を出すようになった山姥切には少々珍しい調子である。質問の意図を掴めずに首を捻ったまま、審神者は是とも非とも言い難い返事をした。 「できれば痛い思いはしてほしくないし、私は本職の研師とぎしじゃないから変に疵を付けてしまわないか心配だし、重傷だったら好きとか嫌いとか言ってる場合じゃないと思うけど、刀身を見せてもらえる機会だから軽傷以下のお手入れはわりと好き」 「昨日も一昨日も手入れはしただろう……」 「うん、そうね。……まさかまたこの程度とか言うつもりじゃないでしょうね」  今は戦力拡充と銘打って、時の政府が仮想敵と交戦できる戦場を開放しているところである。数をこなせば報酬も出るとあって、この本丸の審神者も部隊編成を考えては組み直しながら全体の戦力底上げを図っていた。しかしこの仮想敵はやはりそれなりの強さで、出陣した部隊の隊員が槍に掠められることも少なくなかった。重い怪我に至ることは少ないものの、連日手入れ部屋を使うようになっている。高練度組の筆頭として先陣を切る山姥切も例に漏れない。  少しの傷なら気にしない、という男士も多い。山姥切もその一振りだ。それを窘めるのももう何度繰り返したやり取りか……と審神者は考えたのだが、山姥切はのろのろと首を振った。  あれ、と思う。 「……あんた、手入れの度に、心底嬉しそうな顔をする……」  覗く耳の先、まなじり。ほんのりと朱を上らせているような。それは、つまり。 「照れてるの?」 「言うな」  審神者は我が身を振り返った。山姥切が耐え切れずに話題に上らせるほど、自分は手入れの度に刀たちを嬉しそうな目で見ていただろうか。正直なところ心当たりはとてもある。すごくある。日本刀というのは本当に美しくて、美しくて。鞘を払い、目釘を抜いて柄を外し、なかごを手にしてはばきを外す。その身を守り飾る物を全て取り払って刀身を眺める時の至福たるや。反りを目でなぞり、刃文の動きに耳を傾けるように目を走らせ、肌の煌めきに心を踊らせ、きっさきの鋭さに心を震わせる。懐紙を咥えているとはいえ、讃嘆のため息をつかないように胸に押し込めるのはなかなかに骨が折れる。  その有り様を、手入れが終わるのを待っている男士に、当刃の心を宿す男士に、正面から見られている、のか。審神者は今さらながらに思い当たった。 「ごめんなさい……。傷が癒えるのを待っているのに、にやにやでれでれと観察されていたら気分は良くないよね……」 「い、あ……いや、そういうことではなくてだな……。あんた時たま見当を外すよな……。そうじゃない。その、あんたにそう、いかにも見られて嬉しい幸せだと言わんばかりに鑑賞されるのは、誇らしいことだ。あんたの目に適う傑作であることを俺も嬉しく思う。ただ……、その、だな……。あんたが、そんなにも俺を、……あー、俺以外もなんだろうな……、刀を、好きなんだと、まざまざと態度で見せつけられると、さすがに気恥ずかしいものがある……」  目が泳ぎに泳いでいた。誇らしい、と言ってみせるときは常のようにきちっと真っ直ぐ審神者の目を見据えながら、それ以外となるとあっちに行ったりこっちに行ったり。目許の薄紅もあからさまで。  ……かわいい。  審神者はその一言をきちんと飲み込んだ。この審神者がこの山姥切を可愛いと評するのは存外に珍しいことだった。頼れる近侍、その意識がいつも強かった。それが、今はこんな風に。 「一番好きなのは、山姥切。  もっとちゃんと刀のことを知らなくちゃ、って思ったのは、山姥切を見てからだもの。通り一遍の知識じゃなくて、ちゃんと自分のものとして身に付いている言葉で、あなたのことを讃えたかった。綺麗な刀だったから。  他の刀も見て、それぞれに美しくて、それぞれに好きなところがあるのは確かだよ。手入れの時に見せてもらえるのは嬉しい。刀を見るのは好き。  でも、きっかけも一番も、山姥切なの」 「き、れいとか、言うな……!」  顔を覆って突っ伏して、桜を盛大に舞わせた一等好きなかたなの姿を、審神者はにこにこ見つめていた。格好良くて、綺麗で、たまに可愛い、私の一番大事なかたな。

初出:2021年
加筆:2025年2月22日

先頭に戻る