冬の夜明けの金色の
習った通りの手順で頭を下げる。息を吸う。
「祓え給い、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
私の神さま。初めの一振り。どうか、力を貸してください。過去を遡り戦場に立てと命ずる私を、もしも厭わずにいてくださるならば。
「畏み申す、いざや出でませ、……御君の名を、」
初めの刀は、あなたが良い。どうか最後まで、力を貸して。
「――山姥切国広」
ぶわりと霊力が広がるのを感じた。あのかたなの神威、私の霊力。合わさり、ぶつかって、溶け合い、やがてそれは一つの縁を結ぶ。
瞼の裏に、冬の夜明けの金色を見た。
キンと冷え切った紺青の空に、切り込む一閃の光。目映く静謐で美しい黄金。その冷たく鋭く強い一条の光を、一等好きな黄金の色を、その刀身に、その現し身に、その眼差しに、その魂に、見た。この刀がいいと思った。
初めて記録媒体で姿を見たとき。繰り返し姿を見返しては声を聞き直した、あのとき。
目の前のことで精一杯なのに、世界を掴むとうそぶくかたなは、怖気づいて選べなかった。
初めの一振りなのに、扱いづらいとのたまうかたなは、扱いこなす自信がなくて選べなかった。
刀の良し悪しも覚束ないのに、真贋を語るかたなは、見限られそうで選べなかった。
通り一遍の知識しかないのに、風流を愛するかたなは、肩を並べる覚悟ができずに選べなかった。
並べ立てれば言い訳はいくらもあるけれど、決して余りの一つを選んだのではない。この刀を選ぶために、他を選ばない理由を作ったのだ。今思い返せばそうとわかる。
あの暗い部屋で、並んだ五振りの刀を見たとき。
真っ先に目に入ったのが、五振りの中で最も大きく存在感のある、この刀だった。
他のものより長い刃長、強い反り、大きな鋒。怖いくらいの迫力だった。ライトに光る刃文は乱れて、うねって輝く波しぶきのよう。
惹かれて、けれど、記録媒体で見た姿を思い返して、違うかもしれないと不安になった。沈んだ低い声と、襤褸をまとったあのかたなの姿は、この豪壮たる刀の印象とはかけ離れている感じがした。
だから、名札を覗き込んだとき。記された刀の名に、祈るような気持ちで目を凝らしたとき。
もうこの刀しかないと、思ったんだ。
初出:2019年9月5日 旧Twitter #9月5日は刀帳95番の山姥切国広の日
加筆:2024年1月25日