ひとつのちいさな趣味の話
この本丸には一台の共用カメラがある。
国内メーカーの、ほんの少し質の良いもの。
初心者はオートモードにすればそれなりに綺麗なものが撮れて、その先を目指す人には細かい調整も可能な、初心者から中級者向けのモデル。
写真撮影に興味を持った誰かが仲間を集って、審神者に頼んで購入してもらったものだ。
普段は談話室に置かれていて、いつの間にかレンズも機材も増えていた。
思い付いたときに思い付いたひとが持っていって写真を撮っている。もちろん審神者が撮ることもある。たまに思い出したように本丸内でブームが起きることもある。
中には撮影はそこまで得意ではないけれど、明るさや色などを微調整して印刷する現像作業が楽しいという者もいるし、それをアルバムにするのが好きだという者もいる。
そんなカメラ。
審神者は時折暇つぶしに共有フォルダで撮り溜まった写真を見るのが好きだった。
撮るものも、撮れたものも、かなり個性が出る。
風景写真もあれば、人物写真もある。ピンボケしたものもあれば、これはと唸るような出来の良いものもある。
いつ、誰が、どんな気持ちで撮ったのだろうと、想像しながら見るのが楽しみだった。
春の桜、土塗れの畑仕事の様子、夏の日差しに白飛びする誰かの後ろ姿、木陰の蝉、芋掘り大会と焼き芋祭り、彩度を落とした画面に鮮やかなひとひらの楓、水溜まりに張った薄氷、新年の集合写真——。
ひとつひとつ、興味深く見ていた審神者の手が止まった。
「こ、れ……」
写っていたのは審神者その人だった。
余所行きの着物に結い上げた髪、ハレの日の着物姿。桜鼠の地に萩と菊、帯は横笛に組紐の図柄という取り合わせ。
審神者は思い出した。
本丸内で紅葉狩りをすることになった日の装いだった。
宴会 がしたい、茶会がしたい、とりあえず何か楽しいことがしたい……と方方から声が上がったのを取りまとめて相成った催しの日。
天候にも恵まれて、空気は秋らしく澄んで冷え、さりとて日差しは暖かく。過ごしやすい日和のなか、一日和気藹々と皆で過ごしたのである。楽しい一日だった。
が、問題はこの写真である。
カメラを向けられていたことなどちっとも気付かなかった。そのことを咎めるつもりは一向に無いが、なんとも気恥ずかしいことこの上なかった。
なにせ、よく撮れているのである。
写真に映る審神者は、とても柔らかい表情をしていた。
嬉しそうな、楽しげな。
口許にも目許にもやんわりと笑みが載せられている。
少し離れた後方から撮ったのだろう、額縁のように紅葉した枝が映り込み、審神者の後ろ姿と笑みを浮かべた横顔を引き立てている。
よくもまぁこの一瞬をこれだけ上手く切り取ったものだと、感嘆の溜め息を溢したくなる一枚だった。
だが、審神者の頬を火照らせるのはその上手さだけではなかった。
画面の端に、ほんの少しだけ映り込んでいる。
金色の髪、紺色の上着、腕まくりした白いシャツの袖。
彼、を前にして、自身がどれだけ緩んだ顔を見せているのかをありありと示されて、審神者は顔から火が出るような思いだった。
これを撮ったのが誰なのか、全く見当もつかない。
前後の写真も紅葉狩りの日のものであるが、紅葉の写真や人の写真など、被写体は様々、中にはぶれにぶれているものもあり、皆でカメラを回し合いながら撮ったのだろうと思われた。
恥ずかしいからやめてほしいと、撮った相手に言いたいような気もしたし、一方で皆の自由を奪うこともしたくなかった。
何よりこの写真を撮った誰かを探すには、この写真を皆に見せて回らねばならなくなる。
審神者には為す術がなかった。完敗である。勝負ではないのだが。
審神者は画面をそっと閉じた。
まだ頬が熱いような気がするが、もう全部忘れてしまえと自分に念じるほかなかった。
* * *
この本丸には一台の共用カメラがある。
談話室に置かれたそれは、思い付いたときに思い付いたひとが持っていって写真を撮っている。
その中でも人物写真 を撮るのが上手いと上々の評判を得ていたのが、とある一振りの脇差だった。
高い隠蔽と偵察能力を活かして、被写体にレンズを意識させずに自然な表情を撮影するのだ。
腕が磨かれたのは彼の相棒をいかに格好良く撮るかを追求したためだったが、回り回って彼の兄弟にも受けが良い。
「兄弟ー! これすっごく良く撮れたんだけど、どうかな?」
「っ……、さすがだ兄弟」
「やった! うん、良い出来だから印刷しようかな」
「……良いんじゃないか」
「ふふ、また僕らの部屋に飾るものが増えたね」
「……」
これはとある本丸の、ひとつのちいさな趣味の話。
初出:2022年12月4日 pixiv
加筆:2022年2月22日